ミクロとマクロの視点2009年10月31日

以前、マネックスメルマガで、わが国では生命保険の非喫煙割引がほとんど普及していないことについて、以下のように書いた。

『わが国では(ライフネットを含めて)、喫煙・非喫煙という区別を設けていない、ないしは積極的に売っていない会社がほとんど』

すると、すぐに某社の営業職員の方から、クレームと訂正依頼のメールが来た:

『現在ではかなりの会社が非喫煙タイプの定期保険を販売している。かつ、自分の会社ではお客様に必ず非喫煙か否かを確認するようにしている。積極的に販売していないという記述は誤りであり、訂正を公表すべきである』

これに対しては、以下の通りお答えした:
・ 非喫煙割引を取り扱う会社、1社を除く全社(14社)に喫煙検査キットを卸している業者の話によると、年間の件数は約10万件
・ 定期保険(128万件)およびそれに準ずる商品の販売件数は約300万件
・ 300万件のうち10万件だから、全体の3%以下。
・ 残りの1社(この方がお勤めの会社)は公表しているデータによると、死亡保険が約40万件。うちリスク細分は1万5千件。全体の4%以下。
・ したがって、全体の3~4%なので、とても「積極的に販売している」とは言えないのではないか

特にお返事がなかったので、納得頂けたのではないかと思っています。

この方のように、業界全体をマクロな視点から見渡した議論に対して、「自分の身近な体験」をもって「それは間違っている」というご指摘を頂くことが、たまにある。でもそれは多くの場合、自分の身の回りの体験で語っているか、業界全体を見渡して語っているか、という違いで説明できる。

先日のエントリーで「対面セールスが必要のない保障を売っている」という風に書いた根拠は以下の通り:

・ 日本人の一人当たり保障金額は1600万円。アメリカは580万円、英国は260万円、ドイツは200万円。日本人、たくさん保険に入ってる。

・ 一人あたりの保障金額は、1970年代くらいまでは日米英で同じくらいだったが、それから30年で急速に拡大し、日本だけ英米の3倍にも保険に入るに至った(「生命保険のカラクリ」p.36-p.40)。別に「日本人が生保好き」というわけではない。

・ 大手生保の保険計理人で当時の事情をよく知る人間によると、コミッション体系をS(保障金額)連動にしたから、どんどん保障の大型化が進んだ、とのこと。

・ 本来死亡保障が必要のない独身者であっても、35~54歳の43%が2000万円以上の保険に入っている
(「生活リスクの変化と生命保険事業の将来」明田裕、日本保険医学会第103巻第2号(2005)参照)

・ 以上から合理的に推察すると、保険のセールスは、全体としてみると、保障をたくさん売るというインセンティブが組み込まれたコミッション体系ゆえに、必ずしも必要のない保障を売ってきた。いまはそれの調整が起こっている。

別に「全員が必要のない保障を売っている」と言っているわけではなく、業界全体の大きなトレンドとして語っているのに過ぎない。もちろん、顧客本位の立派な営業職員の方もたくさんいらっしゃるでしょう。

今回の学びは、マクロのトレンドを語っていても、自分個人の体験と重ね合わせたり、自分自身を非難されているように感じる人が少なからずいるので、そういう方々に配慮した書きぶりをすること。

同時に、読まれている皆さんも、私の立場は中長期の業界全体の構造やトレンドについて書いているということと、あくまでも(ある程度のデータとロジックに基づく)私見、ということをご理解頂きたく。

最後に、先のエントリーで新著では「本当のことを語る」と書いたのは、保険会社が積極的に語ろうとしないため、一般には知られていない、例えば以下のファクツ:
・ 定期保険の付加保険料水準(3割~6割)
・ 日米英の保障金額や保険料水準の比較
・ 日米英の保険市場の収益率の比較(日本が世界一儲かる!)
・ 高額療養費制度があるため、医療費の自己負担は思っているよりも少ない
・ 生保が使っている死亡率は、死亡保険と医療保険でまるっきり異なる。安全目を見て多くのバッファーを加えている
・ 3利源分析を見ると、膨大な危険差益で運用損を埋め合わせてきた

「かしこい生命保険の選び方」は、ご指摘の通り、絶対的真実があるものではなく、あくまでも筆者の「意見」に過ぎない。それはそうでしょう。

というわけで、週末なのですが、なんかコメント欄のご指摘が気になってしまったので、長々と書いてしまいました。

コメント

_ 幼稚園児の父その2 ― 2009年11月01日 02:28

(1)「積極的に販売している」=「販売者がぜひ売りたい、という意欲を持っている」。
(2)「結果的に売れていない」=「消費者がぜひ買いたい、と本気で食いつかなかった」

マクロだミクロだという前に、(1)と(2)は主語(行為の主体者)が違うので、”需要と供給”ならびに”販売実績”(市況)分析について「(2)だから(1)」という論理はおかしいと思います。「返事がこなかったから自分の主張が正しい」というのもどうかと思います。表現をお直しになってはいかがでしょうか。

_ Daisuke ― 2009年11月01日 02:40

営業:「おタバコ吸われない方は保険料半額になりますけど」
顧客:「いや、そんなのはぜひ買いたいとは思いません。私はノンスモーカーですが、保険料二倍払いますので結構です」
営業:「まぁそうおっしゃらず」
顧客:「いや、結構ですって。それくらいでは、本気で食いつきませんから」
← こんなイメージですか?

_ 幼稚園児の父その2 ― 2009年11月01日 07:05

生保の営業現場のやりとりはこんな感じなのでしょうか?こういうやりとりの現場は見たことがないので、自分が営業現場で見聞きした個人的な体験を一般化して業界全体の歴史を語ることもできません。

daisukeさんのコメントは個人的な対話文ですが、上のエントリは業界全体の統計的な話ですね。「”営業”の説明の深さ、誠実さ」「商品体系や各選択肢の知識、またそれぞれについての自分の利害を”顧客”自身がどこまで理解できているか」は千差万別のはず。Daisukeさんが長らくおっしゃっているように、”顧客”が生保に「商品の選択肢が十分用意されてないから、全員の個人的事情に合わせてもっと複雑に細かい商品を設計しろ」と圧力をかける力がなかった(コスト内訳も公開されていなかった)わけですから、長年の業界全体の慣行で、上のdaisukeさんの会話例に出てくるようなやりとりで加入してしまった顧客も実際に全国に少しはいるかもしれません。

しかし、この営業結果には「営業がわざと説明しなかった」「“顧客”側が勉強不足、勘違い」「“顧客”が自分の利益になると実感できなかった」等、いろいろな理由が混在していたためでしょうから、「“営業”が口頭でせっかく明確に説明したのに“顧客”が理解せず口頭で明確に拒否した」という一例だけで上の統計をすべて説明するのは詭弁(過度の一般化)ではないでしょうか。「顧客側がなぜ今まで喫煙/非喫煙の区別のある商品を選択してこなかったのか」をデータもなく推測で断定するのは、生保会社の経営者としていかがでしょうか。

上記のエントリでは、「販売“結果”のデータ」は出てますが、「顧客の選択理由のデータ」は欠落してますから、「営業側の本気度」を立証できるデータが手元にありません。そのため、私は先ほどコメントで「顧客が食いついてこない」から「営業が本気じゃなかった」とは言いきれない、と書きました。なぜそんな業界慣行を消費者が許容してきてしまったのか、については生保会社であるライフネットが正確なアンケートをとってその理由をわれわれにきちんと公開していただけないのか、逆に不安です。中傷の意図はありませんが「業界全体のデータの論証を議論していたのに、なぜ突然 一個の会話例を提示するだけでdaisukeさんが全ての因果関係の印象を説明なさろうとするのか?」も疑問です。

データで客観的に論証しておられた方が突然「イメージ」とおっしゃられるのも違和感があります。記憶に自信がありませんが、Daisukeさんの著書のどこかに議論で相手を論破する典型的な戦術として「極端な例の一般化で目くらまし」というパターンを紹介しておられた気もします。

_ 横レス失礼 ― 2009年11月01日 21:41

幼稚園児の父さん

 父さんは、データの解釈として、「顧客が食いついてこない」という解釈もありうるのであって、「営業が本気じゃなかった」としか解釈できないわけではないだろう、という趣旨のコメントを最初にされました。
 仮に、父さんの仰るとおり、「顧客が食いついてこないだけで営業は本気だ」と仮定しましょう。
 そうすると、営業の現場では、Daisukeさんがイメージとして示されたような会話が顧客となされていることになりそうですが、本当にこんな会話がなされているのですか?(不自然ではないでしょうか?) というのが、Daisukeさんの返したコメントの意味だと思います。

_ nobody ― 2009年11月02日 01:43

ライフネットで必要保障額をシミュレーションしてみました。

設定:30歳・男性・会社員・月収35万円・独身・結婚の予定なし・将来は子ども2人欲しい・教育方針は公立高校・住まいは賃貸(家賃8万円)・貯蓄額300万円

示された「あなたに必要な保障額」は3,500万円
「保険料を確認する」というボタンが出てきたのでクリック
保険料は4,023円/月(期間10年)

「これなら払える」と思って加入したとすると・・・

「本来死亡保障が必要ない独身者」が3,500万円の保険に入ることになるのでは?

ということは対面に限らず、ネット(ライフネット社)も必要のない保障を売る可能性(構造)があるのでは?

「将来子どもが欲しい」というだけで高額な保障を「必要保障額」として提示するのは、「将来結婚したら家族のために保障が必要だから」と言って独身者に高額保障を勧める対面セールスと何が違うのか?

あるいは独身者が2000万円以上の保険に入っていても別におかしな話じゃないのかも?

と思ってしまうのですが・・・

確かにHPをよく見てみると「独身者に必要な保障は500万円程度」みたいな情報もしっかり載っているのですが、ナビゲーションに従っていくと上記のようになりそうなんですよね。

もちろん、それはそれで、「対面セールスが必要のない保障を売っている」ということは事実なのでしょうけど。

いつも岩瀬さんの論理の組み立て方を参考にさせて頂いているのですが、少しだけ疑問というか違和感を感じましたので・・・

_ 幼稚園児の父その2 ― 2009年11月02日 02:38

>横レス失礼 さん

はっきり言うのは躊躇しますが、Daisukeさんがこの文脈で「反語否定」を使おうとしたのならば、そのdaisukeさん自身が「日本の保険業界の現場は不透明」といい続けてきたことを考えればどこまでが「保険業界の営業現場の常識」と受け止めていいのか読み手に伝わりにくいので、効果的ではなかったような気がします。これは横レス失礼さんと私がどうこう言う問題ではありませんが、いずれにせよdaisukeさんの主張に対する私の疑問点は変わりません。

誤解を生じたようなので再度 補足しますが、私が上のコメントで言ったのは、「歴史的に“GNP”(義理人情何とやら)的なグレーゾーンの営業手法が横行してきた(by Daisukeさん)とされる現場では、現時点で複数方向からのデータがない以上、私個人には“どんな力関係で営業トークが実際になされているのか”どうかは全く判断できない(極端なものも含め)」ということです。

しかし、私はすべての個別の営業の現場について、
・営業がどこまで完全に情報を開示したのか
・顧客がどこまでそれを自分の利害まで完全に理解できて判断し(法的な意味ではなくて)、契約したのか
、ひいては営業と顧客の力関係を明確に測定はできないと思っています(過去の生保販売の旧弊もしかり)。歴史上、日本の生保業界の顧客全員が、完全な情報を手にして完全に理性ある判断で契約を結んでいたと言えますか?だからどうせデータを引用して意見表明するのならば、上のコメントで申し上げたように、業界全体の傾向を、保険契約が持つ二面性(「営業・顧客の双方の視点」)から「集団動向のデータ」の形で示していただきたかった、というのが私の上記コメントです。私が例にあげた「顧客がついてこないだけで営業が本気だった」という論理も、一番上のエントリでdaisukeさんが示した論理も、データ不足なので保険業界における正誤を私には判断できません。

話がずれてきたのでそもそもの話に戻りますが、私がコメントしたのは、「契約数が少ない」のは「営業ががんばらなかったため」と断定するのはよっぽどのデータが立体的にそろわなければ不条理な話ではないだろうかと感じたためです。この違和感は、業界を問わず少しでも営業職の経験がおありの方には(特に、人事評価の季節に上司と営業成績の査定を戦った経験のある営業の方には)ご理解いただけると思います。失礼しました。

_ 横レス失礼 ― 2009年11月02日 03:59

幼稚園児の父さん

 仰りたいことは最初からちゃんと伝わってますので、ご安心ください。
 要は、これまでは、お客さんも、毎月少なからぬ額を支払うにも拘らず、どんな商品があるか、といったことを細かく確認もしないで、漫然と保険料を支払ってきたし、相対する営業マンも、「非喫煙者なら保険料がとってもお得になりまっせ!!!」ということを五月蝿いぐらいには言ってこなかった、ということなのでしょう。DaisukeさんがGNPと仰っておられる状況は、まさにこういう状況なのでしょう。

 で、Daisukeさんは情報開示を徹底することによってお客さんを啓蒙すると同時に、営業マンとして、お客さんのためになることは五月蝿いぐらい言っていこう、と思っておられるのだと思います。
 五月蝿いぐらい言って行くぞ!!! という決意表明が、このエントリだったのであって、その意気込みは、幼稚園児の父さんも共有されているところではないかなと推察します。

 わたくしは保険業界の外にいますので、お二人の切磋琢磨を享受するのみです。ありがたいことと思います。

_ ryota ― 2009年11月02日 13:38

ご意見番の通りすがりの外資生保さん、ぜひコメントお願いします。

_ motty_jack ― 2009年11月04日 11:07

保険業界の人間でない私の個人的な感想ですが、積極的に販売はしていないと思います。
なぜなら、数多くある生命保険のCMの中で、非喫煙者への割引を聞いたことがない。 自動車保険などは、「週末しか乗らなければ、さらに割引!!」とかってありますよね。

「積極的」を定義するのは難しいですが、これも一つの目安ではないでしょうか。 

ちなみに、私自身は非喫煙者なので、個人的にはライフネット社にも非喫煙者の割引を作って欲しいと思います。

_ beginner ― 2009年11月06日 17:23

今、生まれて初めて生命保険に加入しようと考えているので、生保をマクロの視点から見たお話は大変参考になります。私は正直、生保について何もよくわかっていないので、まずはマクロ的な視点で業界全体の構造やトレンドについて知りたいです。現在多数の人が加入している生保商品の傾向についても知りたいです。その上でセールスの方にお会いして細かいことを色々と聞いてみたいです(ミクロ)。よって私にとっては、マクロとミクロのどちらも視点も保険加入を考える上で重要です。

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