生命保険入門(新版) - part 22010年01月07日

出口の「生命保険入門」(岩波書店)の新版が出た。昨日に引き続き、自分が線を引いたいくつかの箇所をご紹介したい。

● 生保が戦後の経済成長に果たした役割とそのインプリケーション

「復興期の生保は(長期)貯蓄の奨励、雇用機会の提供(特に、セールスレディ)、設備資金の安定供給、公団住宅の供給、株式市場の育成(株式を長期安定保有)等の面で日本け自愛の復興にも大きく貢献したものと考えられる(蛇足だが、これらのノウハウは現在の発展途上国にも十分活用できる余地があるのではないだろうか)」(p.15)

* 蛇足の部分もかなり面白い。ベトナムとか?

● 生保がバブル崩壊後、不良債権が少なかった理由(ケガの功名)

「・・・インカム配当原則と呼ばれた行政指導(原則として利差配当の財源はインカムゲインに限り、キャピタルゲイン(有価証券の売却益)やキャピタルロスは考慮しない)が存在していた(中略)

一般に生保の不良債権が銀行に比べて少なかったのは、バブル期に不動産投資や不動産担保貸付より直利の高い外貨投資を選考したためである」(p.17)

● 銀行の不良債権問題と生保の逆ざや問題の違い

「かつてのわが国の銀行が業務純益は高水準ながら不良債権に苦しめられていた、すなわちストックが大きく毀損していたことに対して、生保はフローの収益の3本柱の1つが恒常的に大きく毀損しているのである」(p.138)

* なるほど、確かに。

● 生保に長期で固定金利(予定利率)をコミットさせる時代が終わる?

「思うに、生命保険のような長期の確定利付商品は、現在の変動著しい金融マーケットの中では、そもそも理論的には成り立たないのではないだろうか。現に、固定債務を生命保険会社に引き受させてもよいのかという議論もある。少し長い目で見れば、既契約を含めた予定利率変動制への移行は、例えば為替取引の固定相場制から変動相場制への流れと同時に、現在の金融市場の必然的な大きな潮流であるのかもしれない」(p.102)

● わが国の財政の問題点をクリアに説明

「わが国の財政は危機に瀕している。40兆円前後の収入(税収)しかないのに、一般会計で90兆円~100兆円前後を消費し、国・地方・隠れ債務等すべてを含めれば1,000兆円を超える借金があると囁かれている。この根本原因は、わが国が歳入面では小さな政府であるのに対して、歳出面では大きな政府であることに求められる(これまでは奇跡の高度成長がこの矛盾を表面化させなかっただけである。

21世紀のわが国は、好むと好まざるとにかかわらず、歳入面での大きな政府か(増税、社会保険料の引き上げ、すなわち国民負担率の引き上げ)、歳出面での小さな政府か(社会保障給付等の引下げ)の選択を迫られることになろう。」(p.239)

● 若干趣味の豆知識が散らばっている箇所

「要は現在の経営陣が推薦期間を選び総代を選考するというシステムであって、株主総会に比べチェック・アンド・バランス機能がどうしても甘くなるという点は否めない・・・直接民主制は1つの理想ではあるが、スイスの州のような小さな地域に限って残存しているように、わが国の生命保険会社のような大企業には、元々相互会社は馴染まない制度であるとも考えられる」(p.88)

* スイス書かなくてもいいでしょう(笑)

● 民間保険が公的保険(社会保障)を代替できない理由をコンパクトに言い表している箇所

「社会保障は政策判断によって税金の投入が可能である。加えて、世代間の資金の融通も可能である。民間の生命保険会社が社会保障より優位に立とうとすれば、よほどの高金利の時代でかつその会社の運用能力がきわめて高い場合等に限定されるだろう。(中略)

市民にシビル・ミニマムを提供することは、社会保障固有の領分であって、生命保険はそれを代替することはできない。小さな政府であれ大きな政府であれ、社会保障と生命保険はあくまで補完関係に立つものであって代替関係に立つものではないのである。」(p.239-240)

● 現在の1社専属セールスの構造的な問題

「計算上では2-3年でほぼ全員が入れ替わるほどの激しいターンオーバーは、国民経済的にみても壮大な無駄としか形容のしようがない」(p.152)

「ターンオーバーの根本原因は、セールスの宿命と考える見方も一部にはあるが、需要(市民の生保ニーズ)に必ずしもマッチしない供給サイド(生命保険会社)の競争心(新契約獲得競争)や拡大路線(常に営業職員数の増大、少なくとも現勢の維持を目指す経営)に求められよう」(p.82)

「十分な教育や訓練を受けず、また相応の販売経験をの積むことなく退社していった未熟な営業職員の販売した生命保険契約の中には、不十分な説明や義理人情に基づく募集、無理な募集によるものもかなりあり、それらの契約は早期に解約されたり失効するケースがどうしても多くならざるを得ないからである」(p.84)

● 業界の非常識に憤っている箇所

「専門家である生命保険会社が正しい保険商品の比較情報を提供しなくて、一体誰が消費者に生命保険を選択する的確な判断材料を提供できるというのだろう(まさか一部のマネー雑誌等の使命ではあるまい)」(p.194)

「メディアの覆面調査によると、約款の送付依頼に応じた生命保険会社は、16社中7社しかなく、残りの会社は「約款は契約時に渡すもの」という回答だったと言う。これは社会常識にまったく反しているのではないか。商品の内容(約款)を知らずして、どうして契約ができると言うのだろう。しかも、住宅・マンションに次いで高い買い物を、である」(p.229)

● 業界のトップ企業への提言

「以上、予定利率の引き下げ問題についての論点を整理してみた。公平性の原則は近代的な生命保険会社の経営基盤そのものである。いろいろな立場を検討すると、やはり、リーディングカンパニーが先頭に立って予定利率を引き下げ、同時に(死差益や費差益が安定的に生じている)予定死亡率や予定事業費率も見直して生命保険数理を1日も早く正常な姿(教科書通りの姿)に戻すべきであるという結論を選択せざるを得ないと思われる・・・

(略)株価が回復に向かうと、生命保険会社の決算も好転し、この本質的な問題を議論する土俵は次第に失われていった。そして、無為無策のまま今日に至っているのである」(p.148)

★ という感じで、生保業界の方はもちろん(必読)、業界外の方にとっても面白いと思うので、ぜひ皆さんも買って読んでみてください!
http://www.amazon.co.jp/dp/4000236873

コメント

_ ryota ― 2010年01月08日 17:12

予定利率の引き下げについて、これを実行する生保は恐らく出て来ないのではないでしょうか。ある格付け会社によれば、予定利率を引き下げた場合、その生保会社の格付けは大幅に下げる可能性があるそうです。彼ら曰く、予定利率は契約債務であり、それを引き下げることは契約不履行とみなすそうです。そうなると、解約の増加、新規契約の減少、資金調達への悪影響など数多くのデメリットが予想されます。こうした信用の喪失によるダメージは、予定利率引き下げによって享受できるメリットを最終的に凌ぐのではないでしょうか?ただ、予定利率引き下げが業界再編を促す可能性もあると思いますので、将来踏み出す会社も出て来るかも知れませんね。

_ Endo ― 2010年01月10日 20:25

出口さんの改版増刷おめでとうございます。素晴らしいですね。

その中で聞いてみたいと思うこと、記載をさせていただきます。

・・・21世紀のわが国は、好むと好まざるとにかかわらず、歳入面での大きな政府か(増税、社会保険料の引き上げ、すなわち国民負担率の引き上げ)、歳出面での小さな政府か(社会保障給付等の引下げ)の選択を迫られることになろう。」(p.239)
・・・市民にシビル・ミニマムを提供することは、社会保障固有の領分であって、生命保険はそれを代替することはできない。小さな政府であれ大きな政府であれ、社会保障と生命保険はあくまで補完関係に立つものであって代替関係に立つものではないのである。」(p.239-240) ・・・の記載より。

国の財政状況、ますますの少子高齢化より、やはり大きな政府(増税)で対応をしていくことになるように思うのですが、どのように思われますか。一人一人が理解し、認識をしていく必要がありますよね。

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