子供に読ませたいお金の教科書 ― 2010年04月08日
年末に、久しぶりに大学のジャズ研の後輩と連絡を取った。高校・大学と同じなのだが、学生時代から音楽に打ち込み、卒業後もアルバイトをしながらジャズミュージシャンとして活動している、東大生には珍しいタイプだ。彼はギタリストで、奥さんもジャズピアニストとのこと。
成り行き上、生命保険の話になるわけだが、知り合いの外資系生保の営業マンの勧めで、年払いで50万円近い保険に加入していると聞いて、驚いた。企業勤めではないので備えを厚めに、というロジックは理解できるが、彼の収入では自由になるお金のうちかなり大きな割合(おそらく、貯蓄の100%だろう)を、短期で流動性がなく、いざお金が必要なときに融通が効かない(当初10年は解約ペナルティを取られる)生命保険商品に投入することが、本当に彼のためになるのだろうか。
生命保険を通じた貯蓄のメリット・デメリットを説明すると、彼は後悔していた。知っていたら、ここまで大きなお金を一つの商品には入れてなかったのに、と。この知人の営業マンは、悪気はなかったのかもしれないが、自分が持っている商品を中心に据えてしか考えられないのだろう。一つの典型例のように思えた(もちろん、そうでない人もたくさんいるのでしょうが、と disclaimer for our fellow insurance professionals)。
このたび、出版社から献本頂いた山崎元さんの新著を読んで、商品を売る強烈なインセンティブがある人や、1つの商品ジャンルしか知らない人(上記では生命保険)にお金のフェアなアドバイスをもらえると思ってはいけないということを再確認した。同氏はライフネットを開業する前にご挨拶に行ってお話を伺って以来、応援して頂いている一人である。
山崎氏が書かれた文章(テーマや字数が決まった連載よりも、気ままに書かれている個人ブログが一番面白いと思っている)を読んでいると、他の「経済評論家」と名乗る人たちと比べて、山崎さんの文章の味わい深さ、醍醐味は以下の3点にあると感じている:
1. ファンドマネージャーをはじめとして、様々な組織と立場で、金融商品を売り買いしてきた、オカネへの嗅覚と肌感覚
2. 人とは違った視点で(ときにはいささかシニカルに)物事の本質を鋭く捉える洞察力と、それを分かりやすく、ユーモラスに、人間臭く表現する力
3. ご自身の信念に反するものに対しては徹底して反駁する強い正義感。特に、消費者に有利でない金融商品とそれを売る人たちに対する嫌悪感。
これまで多数の著書がある氏としては意外だが、「お金にに対する自分の考えをはじめてまとめてみた」という「お金とつきあう7つの原則」(KKベストセラーズ)は、このような山崎氏の特徴が存分ににじみ出ている良書である。
http://www.amazon.co.jp/dp/4584132135/
しかし、楽しい投資運用の話、多様な金融商品の解説を期待する読者は、拍子抜けするだろう。この本では、ほとんど金融商品の話は書いていない。正確には、勧められる金融商品が実に少なく、シンプルなインデックスファンドの購入で十分、プロ並みの運用実績は上げられること、何よりも個人としては最大の資産である「人的資本」の価値を高めることに注力すべき、というアドバイスをしている。
もっとも大切なのは、第一章で書かれている「お金とは何か」であろう。資産運用の実務家が改めてこのような哲学的な話をすることはまれだと思うのだが、「やっぱりお金がすべてだ!」とか「お金があっても幸せになるわけではない!」と極端な議論をするわけではなく、「お金があると自由が広がる、不幸が避けられる、だけどお金があると心配もあるし、副作用もある」といったことが、「他人のボーナスをうらやむ30代投資銀行マン」といった生々しい事例をあげたりもしつつ、語られている。まだ自分なりの「お金の哲学」を築くに至っていない若い読者には、非常に大切な内容だろう。
また、銀行・証券・保険・投資信託など、多岐のジャンルに渡る金融機関に身を置いた経験から、「ほとんどの商品は手数料が高く、リスク・リターンが割に合わない、個人にとっては損な商品」という結論に至っており、個人と売り手との間に大きな情報ギャップがあることに乗じて不利な金融商品を売ることに対しては、憤りに近い嫌悪感が全体を通じて伝わってくる。ここはご本人も認めているが、金融の専門家としてフリーで生計を立てている立場に取っては、ほとんどすべての金融商品を否定することは極めて不利なことであるが、それでもご自身の身入りよりも正しいことを発信することにこだわり続ける姿勢には、敬意を表する。
最後に、本書で一番「山崎節」を味わえると思った一節を紹介しよう。ひとつの理想的な金銭感覚の持ち主として、75歳のお母様について書かれた個所である。
「彼女は、どのくらい使うと無理で、さりとてこれ以上ケチになる必要もない、という勘所を感覚的に把握しているようなのだ。要は、事、お金に関する限り、私の母は、細かなやりくりを気にすることも、ましてファイナンシャルプランナーに相談することもなく、吸った息を吐くようにこれを使って生涯を終えそうなのだ。
彼女の場合、どうしても生活に必要なくらいの収入に事欠いたことはないという幸運はあったと思うが、たぶん、それ以上のぜいたくにかかわる欲求が自分の経済力に応じて伸縮的に発生するようになっていたのだろう。
性格の根源的な部分にある一種の臆病さが経済感覚に対して作用しているだろうと推測するが、結果的には、細かなお金の計算をほとんどすることなく、お金が足りなくなることも、大いに余ることもなく生涯を終えるのだとすると、これはお金との関係に関する限り、理想的な人生かも知れない。
もちろん、今後どんな事態があるのかは分からないが、今の時点では褒めておこう」
ここには生活者としての理想のお金との距離感を表現したマネーのプロとしての視点、一人の個人の特徴をあぶり出す観察力と表現力(自分の母親についてここまで鋭く分析できる人はどれくらいいるだろう!)があり、同時に、ちょっとすかして、クールに綴っているようでいて、お母様に対する敬意の念と深い愛情が感じられるのである。まさに、山崎節の真骨頂である。
同世代から若手のビジネスパーソンにはぜひ一読を勧めたいし、いつか子どもにもお金の勉強をさせるときがきたら、そのエッセンスはきちんと伝えたい内容である。
成り行き上、生命保険の話になるわけだが、知り合いの外資系生保の営業マンの勧めで、年払いで50万円近い保険に加入していると聞いて、驚いた。企業勤めではないので備えを厚めに、というロジックは理解できるが、彼の収入では自由になるお金のうちかなり大きな割合(おそらく、貯蓄の100%だろう)を、短期で流動性がなく、いざお金が必要なときに融通が効かない(当初10年は解約ペナルティを取られる)生命保険商品に投入することが、本当に彼のためになるのだろうか。
生命保険を通じた貯蓄のメリット・デメリットを説明すると、彼は後悔していた。知っていたら、ここまで大きなお金を一つの商品には入れてなかったのに、と。この知人の営業マンは、悪気はなかったのかもしれないが、自分が持っている商品を中心に据えてしか考えられないのだろう。一つの典型例のように思えた(もちろん、そうでない人もたくさんいるのでしょうが、と disclaimer for our fellow insurance professionals)。
このたび、出版社から献本頂いた山崎元さんの新著を読んで、商品を売る強烈なインセンティブがある人や、1つの商品ジャンルしか知らない人(上記では生命保険)にお金のフェアなアドバイスをもらえると思ってはいけないということを再確認した。同氏はライフネットを開業する前にご挨拶に行ってお話を伺って以来、応援して頂いている一人である。
山崎氏が書かれた文章(テーマや字数が決まった連載よりも、気ままに書かれている個人ブログが一番面白いと思っている)を読んでいると、他の「経済評論家」と名乗る人たちと比べて、山崎さんの文章の味わい深さ、醍醐味は以下の3点にあると感じている:
1. ファンドマネージャーをはじめとして、様々な組織と立場で、金融商品を売り買いしてきた、オカネへの嗅覚と肌感覚
2. 人とは違った視点で(ときにはいささかシニカルに)物事の本質を鋭く捉える洞察力と、それを分かりやすく、ユーモラスに、人間臭く表現する力
3. ご自身の信念に反するものに対しては徹底して反駁する強い正義感。特に、消費者に有利でない金融商品とそれを売る人たちに対する嫌悪感。
これまで多数の著書がある氏としては意外だが、「お金にに対する自分の考えをはじめてまとめてみた」という「お金とつきあう7つの原則」(KKベストセラーズ)は、このような山崎氏の特徴が存分ににじみ出ている良書である。
http://www.amazon.co.jp/dp/4584132135/
しかし、楽しい投資運用の話、多様な金融商品の解説を期待する読者は、拍子抜けするだろう。この本では、ほとんど金融商品の話は書いていない。正確には、勧められる金融商品が実に少なく、シンプルなインデックスファンドの購入で十分、プロ並みの運用実績は上げられること、何よりも個人としては最大の資産である「人的資本」の価値を高めることに注力すべき、というアドバイスをしている。
もっとも大切なのは、第一章で書かれている「お金とは何か」であろう。資産運用の実務家が改めてこのような哲学的な話をすることはまれだと思うのだが、「やっぱりお金がすべてだ!」とか「お金があっても幸せになるわけではない!」と極端な議論をするわけではなく、「お金があると自由が広がる、不幸が避けられる、だけどお金があると心配もあるし、副作用もある」といったことが、「他人のボーナスをうらやむ30代投資銀行マン」といった生々しい事例をあげたりもしつつ、語られている。まだ自分なりの「お金の哲学」を築くに至っていない若い読者には、非常に大切な内容だろう。
また、銀行・証券・保険・投資信託など、多岐のジャンルに渡る金融機関に身を置いた経験から、「ほとんどの商品は手数料が高く、リスク・リターンが割に合わない、個人にとっては損な商品」という結論に至っており、個人と売り手との間に大きな情報ギャップがあることに乗じて不利な金融商品を売ることに対しては、憤りに近い嫌悪感が全体を通じて伝わってくる。ここはご本人も認めているが、金融の専門家としてフリーで生計を立てている立場に取っては、ほとんどすべての金融商品を否定することは極めて不利なことであるが、それでもご自身の身入りよりも正しいことを発信することにこだわり続ける姿勢には、敬意を表する。
最後に、本書で一番「山崎節」を味わえると思った一節を紹介しよう。ひとつの理想的な金銭感覚の持ち主として、75歳のお母様について書かれた個所である。
「彼女は、どのくらい使うと無理で、さりとてこれ以上ケチになる必要もない、という勘所を感覚的に把握しているようなのだ。要は、事、お金に関する限り、私の母は、細かなやりくりを気にすることも、ましてファイナンシャルプランナーに相談することもなく、吸った息を吐くようにこれを使って生涯を終えそうなのだ。
彼女の場合、どうしても生活に必要なくらいの収入に事欠いたことはないという幸運はあったと思うが、たぶん、それ以上のぜいたくにかかわる欲求が自分の経済力に応じて伸縮的に発生するようになっていたのだろう。
性格の根源的な部分にある一種の臆病さが経済感覚に対して作用しているだろうと推測するが、結果的には、細かなお金の計算をほとんどすることなく、お金が足りなくなることも、大いに余ることもなく生涯を終えるのだとすると、これはお金との関係に関する限り、理想的な人生かも知れない。
もちろん、今後どんな事態があるのかは分からないが、今の時点では褒めておこう」
ここには生活者としての理想のお金との距離感を表現したマネーのプロとしての視点、一人の個人の特徴をあぶり出す観察力と表現力(自分の母親についてここまで鋭く分析できる人はどれくらいいるだろう!)があり、同時に、ちょっとすかして、クールに綴っているようでいて、お母様に対する敬意の念と深い愛情が感じられるのである。まさに、山崎節の真骨頂である。
同世代から若手のビジネスパーソンにはぜひ一読を勧めたいし、いつか子どもにもお金の勉強をさせるときがきたら、そのエッセンスはきちんと伝えたい内容である。
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