初心に返る2010年03月15日

ブログをはじめたばかりの、2004年8月13日のエントリーを発見。今は、閉鎖。我ながら、ちょっといい話。

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暖かい陽を心地よく浴びながらまどろんでいたある朝、思いがけず玄関のチャイムが鳴り響いた。眠い目をこすりながら下着姿でドアを開けると、体格のいい、どんぐり目の黒人の少年が立っている。あどけなさを残したその顔、まだ高校生くらいだろうか。

「突然にすみません。実は、僕の大学の奨学金をサポートしている方を探しているんです。あと9人協力いただければ、僕は大学にいけるんです。」

本当に突然でなかなか意を得ない。彼の後ろで、開けっ放しの我が家の前庭の木の低いゲートがぷらーんと前後に揺れている。彼も緊張しているらしく、言葉に詰まりながら一所懸命説明しようとしている。

「15ドルでいいんです。キャッシュでもチェックでもかまわないので、署名していただければ、僕は大学にいけるんです。それだけじゃないんです。地元紙のボストン・グローブがサポートしてくれていて、貴方のところに1ヶ月新聞が届けられます。どうか、ご協力いただけませんか。」

なんだか仕組みがよく理解できないが、ひとつ確かなのは、自分の前に目を輝かせながら大学進学の夢を語る若者がいることと、自分が少しばかり貢献することで、彼の夢を実現できるかもしれない、ということ。

「So you got into college? Are you excited?」

試すわけでないが、少し話をしてみる。こちらがまんざらでもないことを察すると、不安そうだった彼の表情が打って変わり、目を輝かせながら進学への思いを熱く語りだす。

「ブラウン・カレッジにフットボールの推薦で合格したんです。最初の二年間は大学の奨学金が出るのですが、あとの二年間がどうしても足りなくて。でも、こうやって皆さんの協力で、あと一歩で、大学に行けるかも知れないんです」

普段はチャリティなどにはあまり慈悲の心を示さない僕だが、beneficiaryが目の前に、それも大きなどんぐり目を輝かせながら立っているとなると、話は少し違う。いまだに仕組みが理解できないが、僕のちょっとした心遣いで本当に一人の若者が大学に行けるなら、騙されたと思って、一口乗ってみることにするか。

「OK, I'm on. Where do I need to sign?」

少年は、うれしさいっぱいで感謝の言葉繰り返し口にし、ボストン・グローブの申込書のようなものを差し出す。名前と住所を書いて、財布から15ドルを出して、good luck! 堅い握手を交わして、ドアを閉じる。朝はまだ早い。再び、太陽をいっぱい浴びて暖められた布団に戻ることにする。

あれから3,4日経った。毎朝玄関を開けても、新聞が来る気配はない。どうやら、騙されたかな。新手のオレオレ詐欺、ボストン版か。確かに、一芝居打つだけで15ドル巻き上げられるもんならいい商売だ。純粋そうな少年の目に騙されたかと思うとちょっと悔しいが、土産話がひとつできたと思って、あまり悔しがらないこととする。


そんな夢の中のような出来事を忘れかけていた今日。たまたま玄関のドアを開けると、昨夜の雨の露で濡れた前庭の芝生に、ビニール袋につつまれた新聞がおいてある。Boston Globeだ!思わず興奮して裸足で駆け出し、新聞を手に取る。たわいのないニュースが一面をなすこの地元紙も、なんだか彼が大学から報告のメイルを送ってきてくれているように感じて、なんだかうれしくなる。騙されたなんて疑って、ごめんね。彼のあの目の輝きに、偽りはなかったんだ。

朝、コーヒーを飲みながら、この国の慈善のあり方に思いをよせる。寄付行為が税控除の対象となるこの国では、25兆円ものカネがチャリティに寄せられるそうだ。富めるものがより豊かになっていき、social divide が極端に拡大していくこの国でも(民主党の選挙戦略の一つは、ブッシュの富裕層優遇政策を「二つのアメリカ」と非難して、中流の人たちの支持を得ようとするもの)、それを少しでも是正しようとする force は、確かに働いているのだ。

あ、そうだ。どんぐり目の少年に、大学で何を勉強したいのか、聞き忘れた。アメリカの大学は日本と違って、勉強する場のはずなのに。フットボールと女の子だけに、明け暮れるなよ。