ダボス会議体験記(5) 子供たちの「遊ぶ権利」2011年02月17日


ダボス会議、初日の続き。1月26日午後16時過ぎ、著名な起業家である Scott Cook氏と1時間あまり話をした後、次のセッションに向かうと、二人の190センチ近い大男に出くわした。

"Hi Daisuke! Have you met Johann?"

声をかけてきた顔見知りの男性は、ジェフリーサックス・コロンビア大教授の右腕としてアフリカ開発支援のNGO「ミレニアムプロミス(Millennium Promise)」のCEOを務める、ジョン・W・マッカーサー。

彼の横にいたのが、1990年代の冬季オリンピックで金メダルを何個も獲得し、史上最高のスピードスケート選手とも評されるノルウェー人のヨハン・コス。今は、「ライト・ツー・プレイ(Right to Play)」、訳すなら「遊ぶ権利」なる、アフリカの子供たちにスポーツを通じてチームワークや社会生活を教えるNGOの代表を務めている。
ちょうどこの日、米Huffington Postで大きなインタビュー記事("An Olympian's Soccer Ball Diplomacy")が載っていたので話をしてみたいな、と思っていた相手だったので、ひとまず次のセッションには向かわず、彼とジョンと話しこむことにした。

(続きは こちら → http://agora-web.jp/archives/1242785.html

ダボス会議体験記(4)2011年02月07日

本会議の初日である1月26日。ルームメイトのカルヴィンとエリックはそれぞれ招待を受けていた朝食会に参加するために、7時過ぎにアパートを発っていた。僕は9時からのプログラムに間に合うよう、8時半頃、出発した。今回のために買った長靴を履き、革靴を入れた袋を手に持ち。

ダボス市内を巡回するシャトルバス(というより、後ろに5人が乗れる小さなバンだが)乗り場に向かうと、すぐに目の前に World Economic Forum の印をつけた車が通ったので、手を上げて車を止めた。中に乗り込むと、二人の中国人男性が乗っていた。

「Good morning」

にこやかに挨拶すると、中国の太陽発電の会社の会長と、通訳の秘書とのことだった。

少しするとバス乗り場から、インド人のYGL仲間が乗ってきた。同乗している中国人客に挨拶をしたと思いきや、彼らの名札を見てこのように切り出した。

「私は長らくGEで働いていましたが、私のボスが貴社とは色々とお仕事をご一緒させて頂いたと思います。数年前、私はインドで太陽発電の会社を創業しました。今回ダボスで会いたいと思っていた5人の中に、貴方の名前が入っています。よかったら、会場についてから少しお話をさせて頂けませんか?」

このように、偶然バスで乗り合わせた人たち同士で商談が始まる。それが、ダボスなのである。

会場に着くと、9時からスタートするセッションは8つもあった。いずれも興味を惹くテーマであり、どれに出るか迷う。

3: Insights on China
4: Connectedness: An Update
5: Defining Shared Norms
6: The Energy Agenda in 2011
7: The Environment Agenda in 2011
8: The International Financial System: Back on Track?
9: Global Risk Update
10: What Is the New Economic Reality?

悩んだあげく、今回5人の共同議長の一人である三菱商事の小島会長がパネリストを務める "The Energy Agenda in 2011" に出てみることにした。他のパネリストはサウジアラビア、ロシア、米GE、仏Totalなど世界を代表する資源会社のCEOだった。

印象的だったのは、小島会長が電気自動車のようなクリーンエネルギーや、ライフスタイルやマインドを変えないとエネルギー消費の効率性は高まらないと主張したのに対し、他の参加者たちは「予測によると2020年でも電気自動車のシェアは最大3%に過ぎない」と一蹴し、石炭、天然ガス、再生エネルギー、水力発電などについて議論を進めていたことである。

少し早く退席し、10時からYGLのメンバーでG20の主催国である仏政府に対して提出する提言について議論する。これは昨年、「YGLパリ・イニシアティブ」として立ち上げられたものだが、約40名のYGLが1泊2日でパリを訪れ、サルコジ大統領に対して2011年のG20で議論すべきテーマ等について提言をするというプロジェクト。僕も一員として、2泊4日の強行スケジュールでパリを訪れていた。

「僕らは金融財政の専門家というよりも、次世代を代表する若手としての意見を期待されているのだから、官僚が言及しないようなテクノロジーや途上国支援などに絡めた提言をすべきではないか」

そのように言ってみたが、自信満々のYGL仲間は聞く耳を持たない。途中からもういいやと思い、退席して次のセッションへ向かった。遺伝子工学などの最先端の議論について論じる"Personalized Medicine"に参加しようと思っていたのだが、10時50分に行ったらすでに満席とのこと。あきらめて、前日の出来事をブログに書く時間とすることにした。

11: The Future of Employment
12: The Role of Business in Development
13: IdeasLab: Design for the New Reality
14: IdeasLab with INSEAD: Leading in a Hyper-connec...
15: Ensuring Inclusive Growth
16: Insights on India
17: Innovation-driven Growth: An Update
18: The State of Manufacturing: A Global Update
19: Personalized Medicine
20: Powerful Portraits: What's in a Face?
21: Rethinking Natural Resources

立食ビュッフェのお昼を挟んで(ちなみにこれは長蛇の列をなしていた上に、ちとも美味しくなかった)、午後のセッションへ。先に述べたように、ダボスでは同時に8つ以上のセッションが行われているため、楽しみ方は多種多様である。僕はというと、経済金融関係のセミナーはあとからYoutubeで見れるものが少なくないし、新聞でもカバーされるだろうと思い、むしろ普段は興味を示さないようなテーマのものに参加しようと決めていた。

午後一番、13時半から14時45分のセッションは、以下の中からの選択だった。

23: Insights on Africa
24: The War against Corruption
25: New Norms for Corporations
26: The Resilient Recovery: An Update
27: Insights on the Middle East and North Africa
28: Music for Social Change
29: Preparing for New Realities
30: The Science Agenda in 2011
31: The Security Agenda in 2011

ここはあえて、"Music for Social Change"という少し変わったパネルディスカッションに参加することにした。参加者は女性が9割以上で、ビジネスリーダーに同伴してきた配偶者が大半、といった印象。ちなみにダボスは配偶者の参加が(追加費用無しで)可能で、ほぼ本人と同等の参加者とみなされる。

"Playing for Change"という、紛争地域でトラウマを受けた子供や少年兵士に音楽療法を提供しているNGOの代表や、パレスチナとイスラエルの国境付近で、両国の若者を集めたオーケストラを指揮している音楽家、音大生を貧困地域に連れて行って楽器を教えているNGOなど、音楽を通じて人々に平和をもたらそうとする人たちの話は刺激的だった。

"music as a tool to enhance social inclusiveness"
"in the poorest villages, you find great art"

15時15分から16時半のセッションは、「少人数で議論する IdeaLabsというのに、一度は出ておくといいよ」とカルヴィンから勧められていたので、以下の中から LSE主催のセッションに参加してみることにした。

32: The New Reality of Cybersecurity
33: Digital Convergence
34: Insights on East Asia
35: IdeasLab with the London School of Economics: D...
36: IdeasLab with Massachusetts Institute of Techno...
37: Building Bridges with Brush Strokes
38: Insights on Latin America
39: The New Reality of State Capitalism
40: Reshaping the US Economy: The Impact Abroad

ここでは、思い出に残る、素晴らしい出会いがあった。

会場に向かうと、入り口で再び「既に満席。立ち見のみ可」と言われた。一度は部屋から去ったものの、何かに導かれるようにその部屋に戻っていった。

LSEの教授陣が一人3分の短いプレゼンをしているのを部屋の後ろで立ち見していたところ、一人の長身の白人男性が入ってきた。

あれ、さっき会場で見かけた、IntuitのScott Cookだ!僕はすぐに側により、腕を引っ張りながら、"Can I introduce myself!"とひそひそ話を初めていた。

なぜなら、彼は僕にとってベンチャーを立ち上げる上での大いなる指針を与えてくれた、いわば「師匠」に当たる人物だったからだ。

MBA留学中にたまたま視聴したこのビデオインタビューは、僕に強烈な印象を与えた。
http://www.hbs.edu/entrepreneurs/scottcook.html

特に、下記の一節である。

"One of the things I learned at Procter & Gamble was the particular mindset of how you find a big opportunity. In their view, you find something first, that everybody does and, second, where there’s a problem that most people face. People won’t pay you for a solution unless there’s a problem. Then third, you find something where you can develop a technological advantage in solving that problem so that you have some degree of an edge over competitors."

それから、僕は至るところで「大きなベンチャーが成功する条件」として、大きな市場、大きな非効率、そしてそれを解決する大きな技術や規制上の変化、ということを説いてまわっていた。彼が、この元祖なのである。

"Let's talk more after this session finishes"

そう言われて、僕はまるで野球選手が長嶋や王監督に会ったときの気分で、セッションが終わるのを待っていた。といっても、少人数でのブレイクアウトセッションでは、老紳士に「一番若いのが書記と発表役をやりたまえ」と当てられてしまい、紙のボードを前にして皆の司会進行と、グループ別の発表プレゼンをさせられるハメになった。

終わってから、Scottと二人でコーヒーを飲みながら、1時間くらいじっくり話をする機会に恵まれた。彼のインタビューにインスパイアされたこと。ライフネットの立ち上げと苦労。そして、最近になってからの、ソーシャルメディアと共感マーケティング。

話を聞き終えると、彼はこう言った。

「僕の話が一つのきっかけになったことはとても嬉しいし、なにより君たちのビジネスモデルとマーケティング戦略は、極めてユニークで新しい。共感を創るマーケティングというのは、まさに同時代的だと思う。西海岸に来ることはないのかい?実は今度、君たちと同じように、大手よりもずっと安く、品質が高い給与ソフトを発売して、中小企業向けに直販するつもりなのだが、君の話をうちの連中にも聞かせたいんだ。

ちなみに、僕は日本が大好きで、年に一回は行っているよ。去年も友人と三人で飛騨山脈を上り、民宿に泊まったよ。日本は最高さ」

シリコンバレーで成功を治めた先輩起業家に出会えただけでなく、自分たちのビジネスモデルについてもこのようにお墨付きをもらうことができ、これだけでもダボスに来た甲斐があったと、心から思った。

ダボス会議体験記(3)2011年01月26日

2011年1月25日、午前8時、ヒートテックを上下着こみ、ホッカイロを腿と背中に貼り、万全の防寒対策を施した上、今回のために買った柔らかい素材の長くつを履きこみ、ビジネスシューズを袋に入れて、アパートを仲間と出発した。

ダボスの本会議は翌26日から開始するのだが、我々若手グループは前日に入って、一日慣らし運転のプログラムが用意されている。雪の中をザクザク歩いていると、ちょうどいいタイミングで市内バスが来たので乗り込んで、5分ほどして会議場に到着した。

最初に受け付けに行き、パスポートを提示し、会議参加のバッジをもらって首からぶら下げる。会議期間中はこのバッジがあればあらゆるところにアクセスできるが、なければどこも入れてもらえない。必須アイテムだ。受付に来ると各地から集まったYGLの仲間がいて、知っている顔と挨拶をかわす。

すぐ近くにあるホテルの会場にミニバスで移動し、空港さながらのセキュリティを通過してから、クロークにコートと長靴を預ける。階段を降りていくと既に大勢の仲間がコーヒーを飲みながら談笑している。

たまたまミニバスで一緒になったアメリカ人の女性と話を始めていた。「コンニチハ、ナンシートイイマス」と日本語で声をかけてくれる。聞くと、大学生の頃に徳島にホームステイをしていたという。今年の7月頃に京都と東京に行くというので聞いてみると、僕も参加する予定の米日財団が主催する「日米リーダーシッププログラム」に参加するとのこと。これは日米から10名ずつ選び、シアトル、京都と2年越しで1週間ずつ研修するプログラムである。奇遇だね、と二人で喜ぶ。

「私はTED(米国西海岸のカンファレンス)や様々なカンファレンスに出ているけど、YGLのメンバーが一番多様で刺激的よ」とのこと。

会議場に移動すると、YGLの事務局長を務めるDavidから開会の挨拶。

「君たちYGLは、次世代を引っ張っていく存在だ。僕らのプログラムを通じて一人ひとりが1%でも成長してくれれば、世界は必ず変る。そう思って、今日も一日、充実したプログラムを詰め込んだので、楽しんで欲しい」

そして、5年間の任期を終えた二人のYGLの体験談を紹介した。このコミュニティに参加して、若い頃持っていた理想主義を思い出した。CEOになってからは自分に色々とものをいってくれる人が少なくなった、ここではそういう生涯の友人を作ることができた。

朝のセッションは、YGL9人が5分ずつ、「New Reality」ということで、変わりゆく世界を様々な観点から問題提起のプレゼンテーションをした

興味深かったのは、ネット業界の有名人、グーグルの Marissa Meyer。

「今の膨大な量のデータを解析することで、様々なことが分かる。例えば、クレジットカードの履歴を分析することで『2年後に離婚する確率が高い人』までかなりの精度で予想できるようになった(笑)。検索ワードから伝染病の普及は予想できるようになったし、『住宅ローン』『職探し』などのキーワードと失業率の相関関係をかなり性格に出せるようになった。これらを使うことで、世界の諸課題に様々な形で対処できる」

また、スペイン人で National Geographic に務める Enric Sala は、かつて人口が2万人から100人まで減少して絶滅したイースター島の例をあげながら、現状のペースで漁業を続けたら魚が枯渇してしまうことを指摘して、希少な海洋資源の持続可能な利用を提言した。

インドのビジネススクールで教授職にある Rueben Abraham は
これから数10年にかけてのもっとも大きなトレンドとして "Urbanization"、都市への人口集中をあげた。中国、インド、アフリカなどの経済が発展することで、農村から都市への大量の人口流入が起きる。1900年には世界人口の14%が都市に居住していたに過ぎないが、2000年には50%になり、2050年には80%にまで上がる。「1分当たり、32の農村が大都市に流入している計算になる」。これによってエネルギーなどのインフラ、教育など、多岐にわたって社会構造を変えていかなければならない。

このような形で、市民の消費量と資源枯渇をどのように切り離すか、政府とビジネスと国民の役割分担どのように考えるべきか、国家から地域への権力移管、資本主義のありようなど、様々なテーマについて問題提起がなされた。

ちょっと疲れたのでこのあたりで一休み。

ダボス会議体験記(2)2011年01月25日

2011年1月24日。4時間遅れで出発したチューリッヒ行きのスイス航空機内で英Financial Times紙を広げると、ダボス会議に関する記事がいくつも出ていた。

今年の参加者については、メルケル、サルコジ、キャメロン、オズボーン英財務相などが参加することから、ユーロをどうするかということが舞台裏で議論されるだろう、と書かれていた。加えて、メドベージェフ大統領が開会スピーチをすることが西から東へのパワーシフトの象徴だということや、オバマ政権がガイトナー財務長官以外は高官を派遣していないのは(GEのイメルト会長も参加しない)、国内の高い失業率を抱えるなかスイスの山奥で銀行家たちとパーティを楽しんでいると思われることが世論的に厳しいから、といったことを指摘している。
ちなみに参加者一覧のリストをダウンロードしてみたところ、全部で111カ国から約2,500人が参加し、このうち米国が約700名、イギリスが270名、ドイツが160名、インドが130名、地元スイスが110名、フランスが105名、カナダ70名。これについでロシアと日本が60数名とのことだった。

「セイビング・ザ・サン」の著者としても知られるジリアン・テット女史による、「CEOたちはなぜダボスに向かうのか?」というテーマの記事は、長年のダボス常連という経営者が「集団ダイエットと同じで、お互いのサポートが欲しいから」という言葉を引用して、雇用が増えず、インフレや途上国の台頭など先行きが不透明ななか、ユーロの将来、金融規制、通貨問題、米中関係、高騰する商品価格などについてCEO仲間と議論することで経営上の指針を得ようとしているのでは、と指摘している。

特集の別冊では、今をときめく仏クリスチャン・ラガルド経済財務大臣のインタビュー記事や、4人の記者による座談会形式で今年のダボスの主要なテーマ予想として、ユーロの通貨危機、「バーゼル3」(新しい銀行の自己資本規制)後の銀行のバランスシート改善、中国の台頭と米中関係の変化、そしてG20の役割の変化などを掲げている。

興味深かったのは「ダボスは基本的にはアイデアや意見を交換する場に過ぎないが、これだけ影響力ある人達が揃っていると、時折、対話以上の何かが実際に生まれる」と指摘していること。カンファレンスの席上では公式見解しか述べられないが、会談日程などを悟られない環境下で各国首脳や金融機関の経営者などは非公式の意見交換を重ねるのだろう。

12時間弱のフライトがようやく到着すると、ここからも遠い。ダボスはチューリッヒ空港から約2時間半の山奥にある。25日以降はシャトルバスも出るそうだが、1日早く到着した僕達YGL(Young Global Leaders)たちは、電車を3本乗り継いで向かうしかない。

20時13分発の列車のチケットを買おうと並んでいると、知っている顔が1人、2人といて、そこから派生して7名の小さな集団で電車に乗り込んだ。4人ずつ向かい合う席に座って、皆でお喋りしながら向かう。

若干33歳でイェール大学の正教授になったロシア人のエコノミストは、「イェール大学の名物教授陣にかけあって、今年の秋に2日間だけYGL向けの集中特訓プログラムをやることになったから、皆で来てよ」と誘ってくれる。3月から美人の奥さんとともに3ヶ月間来日し、日本銀行に籍を置いて研究を行うとのことで、日本についてよく勉強していた。

「日本のサラリーマンのような生活を体験したいのだが、どうすればいいか?」

そう聞かれて、返答に困る。まずは満員電車に乗ってみて、仕事が終わったら居酒屋で上司の悪口でも交わして、カラオケに言ってネクタイをおでこに鉢巻しながら歌ったりすればいいのだろうか?

すると、中東系のエキゾチックな顔立ちのアメリカ人女性映画監督が、いま撮影しているドキュメンタリーを皆に見せたいといってノートPCを開く。インドにある "Barefoot College(裸足の大学)"というNGOが主催で、ヨルダンやケニヤ、インドの貧しい村から女性を招聘して、ソーラー発電の機器と技術を授ける、という内容。

読み書きもままならず、4人の子供を抱えながら夫は家にいないヨルダン人女性が、「私も勉強して、働けるようになりたい。もう家にいて水タバコを吸っているだけの生活はコリゴリ」と行って、夫や義母の反対を押し切ってインドに「留学」する。互いに言葉も十分に通じないが、女性たちはお互いに通じ合って、共に学び、夜は笑って歌って踊ったりして半年間を過ごす。とてもいい内容なのだが、電車の中で見ていたら乗り物酔いしそうになってしまった。

少しおとなしくしていると、クリーン・エネルギーではなく、原油などの「ダーティ・エネルギー」を浄化する装置を発案して最近2,500万ドル(約30億円)の資金調達に成功したというスペインの起業家に議論をふっかけられる。

「教えてくれ。なぜ、日本の政治はこんなに不安定なんだい?もし選挙制度が問題だというなら、なぜそれを変えないのか?国民は問題を分かっているなら、なぜいつまでもそれを放置するのか?」

いざ答えようとすると、自分も最後まで論理的に説明できないことに気がつく。北京でコンサルティング会社をやっているオーストラリア系中国人で男性が助け舟を出してくれる。長いかと思った2時間半の鉄道の旅もあっという間に終わり、僕らはダボス・ドルフ駅に降り立った。

http://agora-web.jp/archives/1210338.html

フライト4時間遅れ2011年01月24日

今日、成田からチューリッヒに入り、そこから電車で3時間弱のダボス入りなのですが、飛行機が4時間遅れ・・・

パソコンを開いて業務メールを処理したり、メルマガを書いたりしていたら、NHKに勤務する知人に久しぶりに再会。同僚二人とともに、これからダボス特集の取材に向かうとのことだった。

ダボスのセッションは公開しているものが多いと思っていたら、彼女によると、今年は結構クローズドのものが多いらしい。去年は金融危機の後で皆元気がなかったことや、カメラが入っているとなかなか本音が話づらいということなのだろうか。

日本からの参加者は50名近くだが、ほとんどが大企業の社長で、「若手」は僕らヤング・グローバル・リーダーズが5名(藤澤久美さん、オイシックス高島さん、エレファントデザイン西山さん、ウィルシード船橋さんと私)、あとはローソン新浪さんと堀義人さんくらいか。お二人は40代後半なので、「若手」というより「中堅」でしょうが。

ダボスのような場に参加するためには、一応の「肩書き」がなければならないが、日本では優秀な若い人のほとんどがこの肩書がない。したがって、我々のようなベンチャー経営者か政治家しか該当しなくなってしまう。霞が関にも大企業にも優秀な人はたくさんいるのですが、みな「課長補佐」とか「課長」なので、それだけで選考漏れになってしまう。

しかい、若いうちからこういう場の議論に参加するのはとても有益だと思う。日本からももっと多くの若手が参加できるように、それぞれの組織で、もっと若手抜擢を進めて欲しいところだ。ちなみに、NHKの方々もおそらくお二人は30代、チーフは40代なので、比較的若い。

あ、そろそろ搭乗のアナウンスメント。行ってきます!

契約者が遊びに来る保険会社2011年01月23日

昨日は第10回の「お客様ふれあいフェア」を実施。奥様、お子様連れでお越し頂いたお客様も多く、アットホームな雰囲気であっという間に2時間が過ぎ去った。

2006年夏に出口と二人で準備会社を作った当初から出口は「ネットの会社だからこそ、定期的にお客様に集まってもらってオフ会をやりたい」と話していた。いいアイデアだと思ったが、意外と皆様にわざわざ週末に会社に頂くことは簡単ではないということに気がついた。

例えば証券会社であれば投資に役立つ様々な話を聴きに行くためにセミナーに参加するだろう。これが生命保険会社だと、なかなか週末を半日つぶしてまで出かけて聴きたいような情報はない。もちろん、供給者側としては「ライフプランニングの話をしたらいいのでは」などと考えるわけだが、マネーの話であれば銀行でも証券会社でもよく、わざわざ保険会社に行く必要などないのである。わざわざ足を運んでまで聴きたい話というのは、そうはない。

第一回のお客様イベントは、まだ保有契約が1,000件に満たなかったこともあり、申し込みは数名、それ契約してくれた友人数名に声をかけて、ようやく成立したというものだった。

それが、去年の秋には最多の46名にお越し頂き、今回はustreamでの実況中継を試みたところ来場者に加えて50名近い方々に視聴して頂くことができた。

とある保険代理店の方に、「契約者が遊びに来る保険会社というのは、ライフネット以外には考えられない」といったことを言われたが、きっとそうなのだろう。これからも、色々な工夫をして、契約者の皆さんとの繋がりを強化していきたいと思っていますので、アイデア下さい!もう

日本中のハッピーの確率を高める仕事2011年01月21日

「食べログ」はもっともよく使うウェブサービスの一つかもしれない。誰かが日本は「ガラケー、Yahoo!、mixi、楽天」の利用者と、「スマートフォン、Google、Twitter、amazon」の利用者に二極化されていると語っていたが、これに追加するとすれば「ぐるなび」と「食べログ」があろうか。私は間違いなくすべてにおいて後者。

そして、この食べログを立ち上げ村上さんは、75年生まれの同世代。カンファレンスでご一緒してから仲良くなった。お気に入りの隠れ家的なお店に連れて行ったら、一気に点数が高くなっていて困ったこともある。

今朝の朝日新聞「オピニオン」で、村上さんのインタビュー記事が掲載されていた。

「裏路地のおいしいお店ががらがらって、機会のロスじゃないでしょうか。おいしいものは幸せの根源。日本中のハッピーの確率を高める仕組みを作っている、と思っています。」

確かに、食は生きることそのもであり、美味しいものを食べたときは心のそこからハッピーになれる!日本中の人々がハッピーになる確率を高める仕事、いいですね。今日は、何を食べに行こうかな。

ダボス会議とヒートテック2011年01月19日

来週は、26日から開催されるダボス会議に参加するため、スイスへ行ってきます。「ダボス会議」という名前は皆さんよく聞かれると思いますが、その実態についてはほとんど報道されていないと思うので、舞台裏というか、実際にどんな感じなのかをレポートしようと思います。まずは、アゴラに少し書いてみました。

「ダボス会議体験記(1)」
http://agora-web.jp/archives/1200358.html

プログラムと参加者リストをダウンロードしてしばらく眺めていたのですが、まず、ほとんどは知らない人・・・(よく考えると当たり前だが)。中にはグーグルのセルゲイとか、マイケルデルとか、シスコのジョンチェンバーズとか、スティグリッツとか、トマスフリードマンとか、有名人はいるのですが、全体(2000名)の中ではそれは本当に一握りなわけです。

また、プログラムもたくさんのセッションが用意されていて、スピーカーも豪華なのですが、多くの内容は youtube でも公開されるので、なんていうか、あまり気張りすぎずに、自然体で楽しんで来ようと思います。

休み時間とか、夜のパーティとかで、思いがけずいい知り合いができる、というのが醍醐味みたいですね。今はダボスも暖冬らしいのですが、急にマイナス15度に気温が落ちたりもするらしので、まずはヒートテック1週間分を買い込まなければ。皆、長靴を持ってザクザク歩き、会場で皮靴に替えるそうです、スノーブーツは、買った。

炎上マーケティング2011年01月18日

正月明けに、事故で大騒ぎになった某社。炎上マーケティングが奏功して、絶好調とのこと。ニュースでやればやるほど、そのサイトにアクセスが殺到し、HP上で提供されている別のオファリングが購入されているとのこと。恐るべし、炎上マーケティング。

もちろん事業の特性(サイトで提供しているある商品の品質が、他の商品の品質とは相関がない)が大きいのでしょうが、ネットで炎上し、テレビで取り上げられ、ネットのリアルビジネスに波及する、という好循環(?)が生まれている。

これまではネットでどれだけ話題になっても、それがテレビなどマスメディアに波及してリアルな世界に影響を及ぼす、ということはなかった。例えばyoutubeで話題になった、なんだっけ、秋葉原でゴレンジャーが登場するナイキのCM、ネット上ではかなりBuzzしたけど、実世界で知っている人はほとんどいなかった。

しかし、昨年からは、Wikileaksやら尖閣諸島ビデオやらustreamから田原さん司会の朝生へ行くなど、「ネット→マスメディア」という話題の広がり方がある意味確立したような気がする。これはすなわち、マスメディアの人も次の話題を探すべく、ネット上で話題になっているネタをより積極的に調べに行くようになる、ということか。

炎上は意識的に作れるものでもないが、今回は騒ぎが若干収縮したかのようにみえたタイミングで外人CEOがビデオで会見を発表し、それがヤフーニュースで取り上げられ、再度ウェブサイトにアクセスが殺到するといった具合に、「完璧」といえるまでのPRだった。

(注)上記をよく読んで頂ければ分かると思いますが、私は同社が起こした事故について肯定している訳でもなく、炎上事故によって顧客の流れがどのように変わったかということを、関係者の話から整理して書いてみただけであり、論じたいのはネット上の出来事がマスメディアの報道、ひいてはリアルの消費者行動に与える影響についてです。

肩ひじ張らず2011年01月17日

久しぶりに過去のブログを読み返してみた。開業してからしばらく経ち、試行錯誤しながらも、軌道に乗って行く2008年末から2009年の1年分。

読んで気がついたことだが、当時の自分がいかに伸び伸びと、自由に(時にはくだらないことを)書いていたことか!読んでいて、楽しそう。実際には、必ずしも楽しいことばかりではなかったのでしょうが。

そしていかに最近の自分が「面白いこと」「ちゃんとした内容」を書かなければならないかと自己規制しているか、ということに気がついた。反省。

会社がいくら大きくなっても、皆様の大事なお金を預かる金融機関であっても、やっているのは生身の人間。

というわけで、これからも「初心」に返って、緩く自由に書いていこうと思いますので、宜しくご了承ください。