ダボス会議体験記 (7) 「二人の食卓」2011年03月02日

Table for Two:「二人の食卓」

世界に住む70億人のうち、10億人が飢えに苦しむ一方、10億人が肥満など食に起因する生活習慣病に悩んでいる。WHO(世界保健機構)によれば、世界の死亡と病気の原因は、第一位は肥満、第二位は飢餓であり、戦争、事故、感染症などを大きく上回るという。

これは何とも皮肉なことではないか?

この深刻な食の不均衡を解消するため、日本で創設されたNPO法人が "Table for Two"(TFT)。アイデアは2006年6月、カナダ・バンクーバーで開かれた世界経済フォーラムのヤング・グローバル・リーダー(YGL)会議にて、 3人の日本人YGLによって生まれた。
仕組みは極めてシンプル。提携企業内カフェテリアの定食を購入すると、1食につき20円の寄付金が開発途上国に送られ、子どもの学校給食になる。

20円というのは、開発途上国の給食1食分の金額。つまり、先進国で1食とるごとに開発途上国に1食が贈られるという仕組みになっている。2007年にスタートして以来、6百万食を超える食事が提供されたそうだ。

先進国の私たちと開発途上国の子どもたちが、時間と空間を越え食事を分かち合う。そのコンセプトのシンプルさと、「二人の食卓」という直感的にイメージしやすいブランディングがあいまって、ダボスコミュニティでも認知が高まりつつある。2009年にはニューヨーク支部が設立され、コロンビア大学を中心に活動が行われているそうだ。

このアプローチが画期的だと思うのは、単に「お腹を空かした子供たちに寄付を」という募金活動だったら、人々の共感を必ずしも十分には集めない。しかし、自分が座る食卓の向こう側に途上国の子供がいて、食事を共にしながら、少しだけ分けてあげる、そういうコンセプトにしたてあげたことで、広く支持を集めることに成功したわけである。

また、このようなコンセプトは「食べ残しはいけない」という日本の食文化ならではのものだろう。そして、日本人YGLがイニシアチブを取って、実際にこのような形で活動をしていることはとても誇らしく思う。

ダボス会議二日目の午前中では、コロンビア大のジェフリー・サックス教授、三菱商事の小島会長、TFT創設者の古川元久前内閣官房副長官による記者会見が行われた。

このようなTFTの取り組みは、ダボス参加者の間では高く評価され、日本へのリスペクトの気持ちを高めている。思うに、国際社会において他国に認められ、相応の影響力を発揮するためには、札束を積んで多額の資金を拠出することではなく、このようにクリエイティブなアイデアを打ち出し、どんどん実行していくことが重要なのではないか。

人々の心を動かすには、目的を達成するためにストレートにメッセージを伝えるだけではなく、上記のようなパッケージング、より人々を行動に促すようなマーケティングが不可欠なのである。

世界の組織図を設計する

無事に記者会見が終わったことを見届けると、次のランチへ徒歩で移動。10以上あるランチプログラムの中から選択したのは、"Rebuilding Global Governance"。「グローバルガバナンスを立て直す」。

ちなみに、「アジアの断層線」と名付けられたランチで、川口順子元外務大臣らアジアの要人がパネリストとして話すイベントもあったが、アジアの話はアジアで聞けばいい、何もダボスまで来てアジア人で固まる必要もなかろうと思って、より広いテーマを対象としたランチを選んだわけだ。

ホテル会場に着き、長靴を脱いで皮靴に履き替えていると、入口で講演者の一人である韓国人に会った。

Il Sakong博士は財務大臣や大統領の経済担当顧問、大使などを歴任した韓国政界の大物。欧米各国の首脳らとのパイプも太い。昨年韓国が主催したG20サミットでは運営委員会の委員長として各国との調整に飛び回り、韓国がG8以外の国として初めて無事にサミットのホストを務めあげた際の立役者だった。

「昨年12月、ソウルでお会いしました。その時に、私たちYGLに頂いたアドバイスは今でも心に残っています。私たちは尋ねました。サッチャー、レーガン、様々な歴史上のリーダーと親交がある博士からみて、世界の舞台で活躍するリーダーの条件とは何かと。

すると、次のようにお答えになりました。

『グローバルリーダーであるためには、いつも十分な時間をかけて、世界のニュース、新聞、週刊誌、月刊誌、季刊誌に目を通せ。いつまでも貪欲に学び続ける、学徒たれ。そして、何よりも、健康であれ。尊敬されるリーダーたちは皆、とても健康だった』

今日も博士のお話を再び聞きたいと思い、このランチを選びました」

このように話しかけると、嬉しそうにして僕の袖を引っ張った。

「あのときに君もいたのか。ほら、こちらに来なさい。私の隣で食事をしよう」

この少人数ランチは各テーブルに講演者がいて食事をしながら皆の議論を聴くというものだが、隣のテーブルにはパスカル・ラミーWTO事務局長、奥にはリチャード・ハース米外交問題評議会会長、他にはサウジの国連大使を務めた皇太子とインドネシアの通商大臣がいた。

中心的な論点は、国連が機能しなくなっているなか、G20への意見反映をより多くの新興国が求めていることだった。しかし、20カ国ですら意見調整は難しいのに、それ以上ステークホルダーが増えたら、意味のある議論ができるのか。

国連、WTO、G20。それぞれ、正統性、機動性、実効性の点でトレードオフがある。世界をどのようにして govern していくべきなのか。それはあたかも、世界を一つの組織と見なして、上手く運営していくための理想的な組織図を描くような取り組みだった。

僕の隣に座るアジアの老練な政治家がマイクを手に取り、語りだすと、他の講演者の誰よりも的確で、重みのある話をした。欧米の著名人よりも、参加者は彼の話にうなずいていた。彼の祖国は国際社会ではまだ必ずしも十分な影響力を持つわけではない。しかし、聡明な個人の心を動かす言葉には、誰しもが敬意を隠さない。

隣国のリーダーのこの席での活躍を、なぜか自分のことのように嬉しく思った。話を終えてマイクを離すと、彼は着席し、僕にウィンクをしながらナイフとフォークを再び手に取った。

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