健全で生産的な議論ができない社会(コミュニティ)は廃れる2009年06月04日

「日本のWebは残念」だ発言への反応について。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0906/01/news045.html

Web の中での(社会全体から見るとほんの一部の人たちだが)ヒステリックな反応を見ると、情けない。

少し前に、「はてなーの健全な批判精神が日本のメディアを変える」というエントリーを書いたのだが、真正面から否定されたような気分。
http://totodaisuke.weblogs.jp/blog/2009/03/post-7884.html

たとえば、

「いいじゃん、おれたちのネットの使い方だって立派だぜ!」 とか
「こういう使い方こそ、日本ならではで、ネットの威力を最大限に活用してるぜ!」 とか
「確かに今ではネットの可能性を十分に活かしきっていないかも知れないが、俺たちはこれからじっくりやっていくぜ!」

などと反論するのは分かるのだが(実際、そういうコメントをしている人もいる)、多くの人が鬼の首を取ったように

「お前こそ残念だ」 とか
「おたくの会社だってうまくいってないじゃん」 とか
「エリートばかりを見てる」 とか

言っている。それって、自分たちの憂さ晴らしになるかもしれないが(そんなんでなるの?)、それ以上には何も生まれない。

ここまでむきになって反応するのは、日本を代表するネットユーザー層である自分たちのネットの使い方、すなわち日々の過ごし方を否定された気持ちになったからなのだろうか。

もとのコメントは別に、皆さんを批判してるわけじゃないでしょう。ネットの可能性はもっと開かれている、って言っているのではないか。もう終わり、と言っているわけではなく、一つの視点を提示し、問題提起をしているのではないか。

自分たちとは違うところにいて、違う世界の見え方をしている人の意見を建設的に受け入れて、健全で発展的な議論ができない社会は、必ず廃れていく。せっかくネットという大きな武器を手にしたのだから、自分たちができる範囲で、前向きな議論をしていくことから、やっていこうよ。

せっかく皆さんに一目おきはじめていたエスタブリッシュメントの方々も、今回の炎上を見て、「やっぱりな」と、ほくそ笑んでますよ。